Mickey-sonのホーム山の部屋登山記録→四国→徳島県→太龍寺山、弥山

登山記録  徳島県

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太龍寺山(たいりゅうじさん)登山

コース2 かも道〜太龍寺道

地図でコースを見る   所要時間 5:10  水平歩行距離 11.7Km 累積標高 ±890m

【日  時】 2019年3月24日(日)
【山  名】 太龍寺山 618mH
【山  域】 徳島県阿南市細野町
【天  候】 晴れ
【メンバー】 Mickey-son 1名
【コース 】 お松権現駐車場(25mH)9:15→一宿寺(40mH)9:30→35丁石(160mH)9:45→太子座像(300mH)10:05→こぶし岩(345mH)10:20→にじり岩(355mH)10:25→23丁石(350mH)10:35→16丁石(370mH)10:55→10丁石(430mH)11:05→太龍寺道合流(420mH)11:20→仁王門(450mH)11:25→持仏堂(470mH)11:30→鐘楼門(480mH)11:35→ロープウェイ乗り場(475mH)11:37〜:50→南舎心ヶ嶽(540mH)12:00〜:20→太龍寺山頂上(618mH)12:35〜:40→「山さきもり」のモニュメント(550mH)12:50→太龍寺(505mH)13:05〜13:10→「北舎心ヶ嶽」(475mH)13:15〜:20→太龍寺道分岐13:25→20丁石(275mH)13:40→太龍寺道登山口(170mH)13:47→16丁石(160mH)13:50→休憩所(140mH)14:05→海老ヶ淵(110mH)14:10→太龍寺道登山口(45mH)14:25→自転車で駐車場15:00

 遍路道を使って太龍寺山(補陀落山)に登る。登りのルート「かも道」(4.8Km)は20番札所の鶴林寺から21番札所の太龍寺への古くからのルートであり、その道沿いには南北朝時代(1336〜1392年)に立てられた丁(町)石と呼ばれる標石があり、四国遍路が定着する以前からの古道である。一方、下りの「太龍寺道(3.8Km)」ルートは江戸時代の初期から那賀川に大井からの渡船ができて太龍寺までの近道となるので今では主な遍路道となっている。

 今回は一宿寺登山口と太龍寺道下山口がかなり離れているために帰りの足のため自転車を下山口にデポしに行く。まずは県道19号線から水井(すいい)橋を渡り、右に折れ、切り通しを抜けると右側に下山口があるのでここに自転車を置いてから車で県道282号線で加茂谷中学校まで行き、道路反対側(西側)にある「お松大権現神社」駐車場に車を止める。
 この辺りは那賀川の氾濫による対策工事で大規模な河川工事を行っている。

 ここから一宿寺(弘法大師が太龍寺登山の途中に一宿した)まで歩いて行くが途中で高級なドローンを飛ばしている人を見かけたので話し込む。後述のグループの校長で登山風景を撮影しているとのことである。一宿寺の左手奥にある登山口から登り始める。境内には見事な枝垂桜が満開である。丁石は三十七丁となっている。丁度、小学生5,6年生のグループと一緒になる。しばらくはそのボランティアの説明を参考に聞きながら登っていく。しかしペースが遅いので先行する。しばらくは左に竹林を見ながら結構勾配がある窪んでいる遍路道を登っていく。

 丁石や石室(いしむろ 西国33番の観音菩薩像を収めていた祠)を眺めながらゆっくりと登っていく。道の多くは尾根筋から少し下に作られている。試しに尾根筋に上がるが結構歩けそうである。昔は尾根筋を登っていたのではないかと思われる。途中には何の木かは判らないが大きな老木を多く見かけ、古の雰囲気を思わせる。

 ベンチがある開けた場所に出ると周りには大きな石灰岩の岩が多数露出している。北側の展望が開け眼下には大きく蛇行した那賀川とその先に鶴林寺の山を見ることができる。28丁近くには石の大師座像、その先には弘法大師が崩れ落ちてきた岩を拳一つで受け止めたという岩が左側にある。側面は何の変哲もない岩であるので試しに岩の上に登ってみると確かにこぶし跡のような溝がある。どうやら石灰岩が侵食されてできた溝のようであるがこの溝がこぶしの面を思わせる。この辺りから道はなだらかになる。

 次に前傾姿勢の岩が左に現れる。「にじり岩」と案内されている。確かに太龍寺ににじり寄っているように見える。この付近の右上に登ると4等三角点(370.8m)がある。23丁付近からは周りは自然林から植林帯と変わり、痩せ尾根を過ぎると道は麓を巻いて蛇行するようになる。

 やがて正面に十字路が現れる。右の道は「太龍寺道」、左の道は「平等寺」への自動車道である。直進すると山門(仁王門)が見え、3丁の丁石が現れる。仁王門をくぐり右側に六角経蔵、護摩堂、持仏堂(本坊)で廊下天井に描かれた龍を見てから鐘楼門で鐘を一突きしてローウウェイ乗り場に向かう。

お松権現駐車場→ 一宿寺にある「かも道」登山口→ 途中には22基の石室が点々とある→
竹林の中を進む→ 合計11基ある御影石で作られた丁石(109m毎)→ 開けた場所にある「大師座像」→
那賀川とその奥に鶴林寺→ 石灰岩がゴロゴロしてくる→ 「こぶし岩」 この上面にこぶし跡がある→
上面にあるこぶし跡 靴の大きさと比較→ 太龍寺に近づいている「にじり石」→ 珍しく痩せ尾根になる→
植林帯に入る→ 右からの太龍寺道と合流 左は平等寺へ→ 3丁の丁石がある仁王門(山門)に到着→
持仏堂(本坊)の龍天井→ 鐘楼門→

 ローウウェイ乗り場からきついコンクリート道の参道を登っていき「南の舎心ヶ嶽」で昼食をとった後、前回と同じコースで太龍寺山に到着。少し奥のほうに様子を見に行くと道は判然としないが下りて行かれそうである。直ぐに引き返し、「山さきもり」のモニュメントに立ち寄った後、太龍寺道を目指すが本坊から仁王門への参道途中の左側に「北の舎心ヶ嶽」の案内があったので立ち寄ることにする。高さ5m位のアルミ製の梯子が岩に立てかけられている。岩の上に登ると祠があり不動明王の眷属である八大童子が祀られている。ここも先程の「南の舎心ヶ嶽」と同様、崖っぷちにあり迫力満点である。この辺りの地層は垂直となっており、造山活動のすごさが垣間見られる。中津峰山が見える。

 今朝の十字路で左に折れ、太龍寺道に入る。道はコンクリート製の丸太で整備された幅広い道であるがすぐに植林帯の中のつづら折りの道となる。何人かの巡礼者が登ってくるがこの道も登りは結構しんどいであろう。道脇には丁が刻まれた舟形地蔵さんが設置されている。

 コンクリート舗装の道が見えると「阿波遍路道」の山道は終わり、そこには「へんろ道」の石柱が立っている。付近には水田の跡があり石の鳥居と社跡もある。かつての若杉集落らしい。ここからは若杉谷川沿いにコンクリートの作業道となって、散策的な道となっている。かつては付近一帯で農作物が作られていて、そのための作業道であったのだろう。しばらくは右手に若杉谷川を見ながらなだらかなコンクリート道を下っていく。

 橋を渡り、若杉谷川が左になる付近から左右には石積みで段々畑の跡が見え始めてくる。かつてはミカン畑が多くあったようだが今では放置された跡地には杉、檜がニョキニョキと大木に育っている。休憩所のある所で若杉山遺跡の案内板が現れ、全国最古の辰砂(しんしゃ)生産遺跡がミカン畑の開墾中に発見されたと説明がある。辰砂とは、水銀朱(硫化水銀)のことで、縄文時代から赤い顔料として使用されたそうである。
 弘法大師像の後ろには白い石灰岩が侵食され幾つかの大きな空洞を作っている。珍しいカタツムリが見つかった場所らしい。

 10丁辺りで右下に綺麗な滝壺(海老ヶ淵)が現れ、若杉谷川の対岸(右岸)にはコンクリート作業道ができるまで歩いていた古い遍路道が見える。やがて橋と道路が見えると太龍寺遍路道の終点であり、大きな案内板が設置されている。スマホのGPSログを停止してからデポしてあった自転車にまたがり、県道282号線で那賀川右岸沿いに走行して加茂中学校までの約5Kmの道を戻り、本日の登山は終了。ついでに直ぐ近くの「お松権現
神社」に立ち寄り帰宅。
 太龍寺道登山口は車の侵入が禁止となっている。

断崖の上に立つ「北の舎心ヶ嶽」→ 梯子を登っていくと祠が現れる。→
垂直の地層→ 人造丸太で整備された参道→ 丁が刻まれた地蔵像→
太龍寺道登山口→ あとはコンクリート作業道を下るのみ→ 対岸に石垣を見かける→
弘法大師像の後ろに
石灰岩が浸食され洞窟となっている→
右下に滝と「海老ヶ淵」
その横に昔の遍路道が見える→
太龍寺道登山口の入口→
自転車をデポした所 枝垂桜が満開→ 県道282号線沿道には桜が満開である→ 那賀川の清流

 今回の遍路道は色々歴史的な遺産がある道である。
1)丁石は南北朝時代(1336〜1392年)に神戸の御影の六甲山から持ってきたとされ四国遍路が定着する以前からの古道であることを裏付けられているとのこと。
2)若杉山周辺には水銀朱があり、各地の古墳築造時に運び出されていったもの
3)太龍寺道には貴重なカタツムリが生息している。Yutube
トイレは一宿寺と太龍寺境内にある。

コース1 北地道〜いわや道

地図でコースを見る   所要時間 5:00  水平歩行距離 11.5Km

【日  時】 2018年3月23日(金)
【山  名】 太龍寺山 618mH
【山  域】 徳島県阿南市細野町
【天  候】 晴れ
【メンバー】 Mickey-son 1名
【コース 】 北地(55mH)10:00→分岐(925mH)10:15→展望地(335mH)10:50→鉄塔(439.9mH)11:00→11丁石(430mH)11:10→17丁石(480mH)11:20→20丁石(505mH)11:25→いわや道合流(535mH)11:35→太龍寺山頂上(618mH)11:45〜12:05→舎心ヶ嶽(540mH)12:15〜:20→「山さきもり」のモニュメント(550mH)12:22→弥山(600.1mH)12:35〜:40→舎心ヶ嶽(535mH)12:45→太龍寺(505mH)12:55〜13:15→いわや道13:30→9丁石(515mH)13:35→15丁石(465mH)13:47→20丁石(445mH)13:55→見晴し岩(445mH)14:00→1.8Km道標(430mH)14:20→沢渡る(265mH)14:35→廃屋(175mH)14:45→いわや道登山口(140mH)14:55→道の駅わじき駐車場(130mH)15:00

 太龍寺ロープウェイ近くの北地からの「北地道」で太龍寺山に登り、「いわや道」の遍路道を下るコースを歩く計画である。国道195号線の道の駅「わじき」に自転車をデポしてから西進して道の駅「鷲の里」まで行って登山口を尋ねると、ここから田野橋を渡り左に折れ北地集落に入って行くらしい。歩く距離が長いので車で戻り、コンビニローソンの先で中山川を越えてすぐに左(北)に折れ、北地の集落に入って行く。しかし登山口が判らないので地元の人に尋ねて、やっと登山口を発見する。お墓の前を通過して左に折れると遍路道が現れるが右手から本来のしっかりした道が見える。どうやら途中から遍路道に入ったようである。

 遍路道は比較的しっかりした道で昔からの雰囲気がある。弘法太師像が道横にあり、登山安全を見守ってくれている。橋を渡ると太龍寺道と書かれている石柱が右手に現れる。しばらくすると貯水槽で道が二手に分かれているが沢沿いに歩くと思いこんでいたので少しの思案で右手の沢道を進む。少し歩き、雰囲気が違うと感じたのでスマホアプリの「山旅ロガー」で確認するとルートから外れているのが判り、祠がある先ほどの分岐まで引き返し改めて左の道を進む。植林帯の中のしっかりした遍路道であり、しばらくすると道沿いに直径15cm位の鉄製の電線柱がこの後ずーっと太龍寺まで点々と続いている。足元にも国土地籍の杭もずーっと続いている。左側には時折、上昇中のロープウェイが梢越しに見ることができる。

 しかしあれほどはっきりした遍路道が途中ではっきりしなくなり、道を失ってしまう。適当に踏み跡のある所を登って行く。しばらく格闘してルートを確認すると少し左に逸れているので徐々にコースを右に取ると本来の遍路道に遭遇する。不明瞭になった所でもう少し慎重に探っていれば問題なかったのだろう。古いテープが忘れたころに見つけることができる。左にロープウェイ用の鉄塔が見えたので少し寄り道をする。見上げると結構でかい鉄塔である。地図上ではここが4等三角点のある439.9mピークである。元に戻り、ここからは遍路道は尾根筋を離れて山麓を巻いて行く明瞭な道となり、丁石も現れ安心して歩けるようになる。丁石(1丁は109m)は登山口からの距離を示しているのかだんだん数字が大きくなる。

 太龍寺山頂上への稜線歩きのマーキングテープが右手に見えるがそのまま遍路道を進んでいく。大岩が道の山側にゴロゴロと現れ始め、道には石灰岩の白い小石が多くなる。20丁石付近で椎の木が倒れておりその幹に沢山の見事なシイタケが生っている。このルートを歩く人は少ないのか全く採られていない。

 下部が空洞になっている大木を通り過ぎると「いわや道」に合流する。その交差点から右の尾根沿いに踏み跡がある。多分太龍寺山への登山道と判断して進んでいくと鞍部左に「いわや道」からの正規の登山道と合流。そのまま直進していくと今度は右手に「ふだらく峠」経由で持福寺へ下る「中山道」が現れる。急登して最後に案内石柱で右に折れると正面に石階段が見える。太龍寺山(=補陀落山ふだらくさん)頂上である。頂上は広場となっており、礎石も見える。かつては建物があったようだ。北方面には平石山と中津峰の鉄塔が見え、更にその西側には大川原高原の風車群とその左には旭ヶ丸が望める。眼下にはロープウェイ鉄塔と「山さきもり」のモニュメントが見える。ここで昼食とする。

北地集落お墓の前を通過して左に折れる→ 弘法大師像?→ 太龍寺道と書かれている案内石柱→
本来の道まで戻って正規ルートに入る→ しっかりした道→ 電線柱沿いに歩いて行く→
左手の眼下に鷲敷の那賀川
その橋の右側には道の駅「鷲の里」→
しっかりした道が進む→  少し寄り道してロープウェイの鉄塔下へ→
17丁石→ 見事な天然シイタケ→ 岩がゴロゴロの遍路道→
右側から左の「 いわや道」と合流
矢印は太龍寺山頂上へ→
 右側にふだらく峠経由で持福寺へ下る中山道→ 奥が太龍寺山頂上→
太龍寺山頂上→ 北西に旭ヶ丸(左)と大川原高原(中央)→ 北に中津峰山(左の山) 平石山(右の山)→

 「 いわや道」まで戻ると南の舎心ヶ嶽(しゃしんがたけ)があり、断崖の岩場に高野山に向ってブロンズ製の弘法大師像が鎮座している。岩の下から弘法大師の岩場まで行くことができる。ここで100日間の虚空蔵求聞持法を修行されたという伝えがある。「虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)」は虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)の真言を100万遍唱えると超人的な記憶力がつくという。ここからは北から南東まで視界が開けている。天気が良いためカスミがかかって鳴門海峡大橋は見ることができないが淡路島が望める。道を挟んで反対側には「山さきもり」のモニュメントもある。ここからも西方面の剣山などの展望が開けている。

 道は二手に分かれており、右はコンクリート舗装されて下っている。左は弥山への尾根道となっているのでそのまま弥山に向かって足を進める。何回かのアップダウンを繰り返すると白い岩が多い弥山頂上である。4等三角点のある頂上からは北側の視界が開けている。舎心ヶ嶽まで戻る途中で左に太龍寺に下る道が無いか探りながらあるくが見つけられなかったので来た道を引き返し、先ほど見たコンクリート舗装の道を下っていく。左に補陀落彦命の祠、不動明王の祠、神武天皇の祠、天照皇大神の祠を眺めながら急坂を下っていく。

 ロープウェイ駅が見えると四国八十八箇所霊場の第二十一番札所舎心山太龍寺である。長い階段で本堂を参拝、太子堂など結構広い境内を散策する。また舎心ヶ嶽に戻り、「 いわや道」に入る。

 「 いわや道」は距離4.7Kmを植林帯の中、次々に現れる丁石を見ながら緩やかに下っていく。20丁石を見てからは右の山側に巨大な岩石が次々に現れてくる。いい加減退屈したころに展望が開けた見晴し岩が左手に現れ小休止。近くに弥山やロープウェイ駅、と奥には大川原高原や中津峰山が望める。
「阿瀬比集落までまで1.8Km」の道標からは今までの道と違って急激に下る坂道となり、ロープガイドが張られている。沢を渡り大きくUターンして右手に沢を眺めながら下っていくと沢沿いに石垣が見えだす。かつてこの辺りには住居があった雰囲気である。左手に廃屋が現れてセメント舗装の農作業道を歩いて行くとお堂が見え、集落となり県道28号線に突き当たる。ここには「いわや道」の案内が無いのでこちらから登るには登山口は判り難いだろう。右に折れるとすぐに左手にエネオスのガソリンスタンドがある交差点で国道195号線となる。

 200mほど国道を西に歩くと道の駅「わじき」に到着。ここに置いていた自転車に乗り、ずーっと下りとなっている国道195号線を6Km程を気持ち良く走行して15分程で車に到着。

 参道側から見た「南の舎心ヶ嶽」→  正面から見た「南の舎心ヶ嶽」の弘法大師→ 舎心ヶ嶽から遠くに徳島市、淡路島が見える
眼下はロープウェイ終着駅→
舎心ヶ嶽から橘湾方面→ 「山さきもり」のモニュメントから
西には遠くに剣山 手前にはロープウェイ→
石灰露岩がある弥山の頂上→
  
太龍寺へ→ 石灰岩でできた階段で太龍寺本堂へ→ 太龍寺本堂→
太子堂→ 多宝塔→ いわや遍路道に九丁石→
大岩が多くなる→ 残り1.8Kmから急坂が続く→ 沢を渡る→
廃屋が見えると後わずか→ 農作業道を進む→ お堂を通過→
何の案内も無い「いわや道」登山口→ 登山口は信号を左に曲がる 北地から#1ロープウェイ鉄塔を見る

 太龍寺山は石灰岩山でありあちこちに巨岩が露出している。「北地道」のルートは途中で不明瞭な箇所がある以外はしっかりした遍路道で電線柱を目印に歩くと迷う事はない。「いわや道」はまったく安心して歩ける遍路道である。後半部分で急坂があるので注意。トイレは太龍寺ロープウェイ終点駅にある。オオカミの群れの彫像はどこにあるのか発見できなかった。

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