Mickey-sonのホーム山の部屋山紀行→海外→中国→雲南省

山紀行  中国雲南省

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梅里雪山(メイリシェシャン) 王龍雪山(ユーロンシェシャン)

地図でコースをを見る  水平歩行距離 16日:9.0Km 17日:13.8Km 19日:3.7Km

【日  時】 2015年10月14日(水)~10月23日(金)
【山  名】 梅里雪山(カワカブ 6740m スグドン 6379m メツモ 6054m マーベンゼンデゥーショ 6000m ジャワリンガ 5470m)
王龍雪山 5596m
【天  候】 2日目:曇り 3~10日:晴れ
【メンバー】 Mickey-son 他12名(男7名 女6名)+ツアリーダー1名+現地ガイド1名+時々現地ガイド1名
【コース 】 1日目(10月14日)
自宅11:30→大久保駅11:53~13:59→関西空港16:55→上海空港18:20~21:30→昆明空港(2000mH)01:00~:25→昆明飯店Kunmingホテル(1900mH)02:00
2日目(10月15日)
昆明飯店ホテル5:20→昆明空港6:00~7:35→香格里拉空港(3276mH)8:35~9:05→中国銀行で両替9:15~10:15→尼西11:30→奔子欄(2240mH)12:25~13:20→金沙江大湾(2565mH)13:40~14:10→東竹林寺(2830mH)14:25~15:15→白茫雪山峠(4292mH)16:45~:50→仏塔公園(3800mH)17:25~:40→徳欽新街区(3550mH)17:55→観景天堂大酒店Guanjing Tiantangホテル(3600mH)18:15
3日目(10月16日)
観景天堂大酒ホテル8:50→瀾滄江橋(2045mH)9:45~10:00→西当温泉(2615mH)10:40~11:35→ナゾヤ峠(3750mH)14:05~15:00→ユイボン上村(3228mH)16:30→朝聖格客瓦格博家園客桟Chaosheng Kawakebo Jiayuanロッジ(3182mH)16:45
4日目(10月17日)
朝聖格客瓦格博家園客桟ロッジ8:50→谷底橋The cold-hell bridge(3030mH)9:25→ユイボン下村9:45(3054mH)→ゴンパ(3060mH)9:50→五樹同根(3067mH))10:05→巴些隆曲(Baxielong Stream3069mH)10:20→康珠乃色(3087mH)10:40→Nainong(3290mH)11:35→茶屋(2820mH)12:05~13:00→ユイボン神滝(3657mH))14:00~:50→白瑪珠普寺廟(3399mH)15:15~:30→五樹同根17:10→ゴンパ17:20→谷底橋17:45→朝聖格客瓦格博家園客桟ロッジ18:15
5日目(10月18日)
Chaosheng Kawakebo Jiayuanロッジ9:15→ナゾヤ峠(3750mH)10:15~:40→法真頂(Dazhending3105mH)12:25~13:10→西当温泉13:50~14:20→瀾滄江橋14:55→明永村 崗堅酒店Gang Gyanホテル(2300mH)15:30
6日目(10月19日)
崗堅酒店ホテル9:15→カート乗り場(2310mH)9:25→カート降り場(2690mH)9:40→太子廟(2912mH)10:20→明永氷河展望台(3150mH)11:00~:35→太子廟(2912mH)11:55→カート乗り場12:30→カート降り場12:45→崗堅酒店ホテルで昼食13:00~15:50→飛来寺(3500mH)14:25→観景天堂大酒店Guanjing Tiantangホテル15:20
7日目(10月20日)
観景天堂大酒店ホテル9:00→仏塔公園(3775mH)10:00~:30→白茫雪山峠(4292mH)11:05~:15→奔子欄(2402mH)13:05~14:00→松賛林寺(3317.8mH)15:40~17:50→香格里拉古城(3276mH)18:00~:20→扎西徳勒酒店Zhaxideleホテル(3270mH)18:30
8日目(10月21日)
扎西徳勒酒店ホテル8:35→橋(4190mH)11:00→虎跳峡(4095mH)11:20~13:20→昼食13:40~14:35→長江第一湾15:10→麗江市族遊咨?服务中心15:50→王府飯店Lijiang Wangfuホテル(2400mH)16:50→麗江古城(2400mH)17:10~17:55→獅子山の万古楼(xxxmH)18:00~19:05→麗江古城レストランで夕食19:10~:55→麗江古城観光→王府飯店ホテル21:50
9日目(10月22日)
王府飯店ホテル8:10→王龍雪山ビジターセンター(3100mH)9:20→ロープウェイ乗り場(3356mH)10:10→ロープウェイ終点(4506mH)10:20→最上展望場(4680mH)10:55→ロープウェイ11:40→ビジターセンターで昼食12:15~13:30→秏牛坪リフト乗り場(3205mH)14:40→秏牛坪(3500mH)→秏牛坪リフト乗り場15:15→王龍雪山17:20→レストラン18:00→昆明飯店(Kunmingホテル)18:30
10日目(10月23日)
昆明飯店ホテル5:00→昆明空港5:30~7:30→上海空港11:35~12:35→関西空港14:50~15:35→三ノ宮16:40→JR三ノ宮駅17:00→自宅18:10

 今回はカナディアンローッキーに行くつもりであったが希望したツアーが満席であっため、茶葉古道を通ってまだ未踏峰の山である梅里雪山(Meili Xueshan、メイリーシュエシャン)などへ行くトレッキングに参加することにした。梅里雪山(別名:太子十三峰)は中国の一番西に位置する怒山山脈の最も高い部分をなし、徳欽の西方に位置する東チベットを代表する標高6000mを超える十三座の山の総称である。チベット仏教の神山、チベットの八大神山の首位とされ、チベットの人々から篤く信仰されている。また1991年1月4日、日中合同学術登山隊17名(日本11名 中国6名)が遭難したことで知られている山である。ツアー時期は乾季の10月末からを希望していたのであるが参加人数の関係で中旬からのツアーとなった。ほとんど同じ内容であるアルパインと比較してツアー料金の安い西遊旅行会社に決め、申し込みをする。今回のツアーでは2003年に世界自然遺産となった梅里雪山を含む三江併流の内、2つの河や1997年に世界文化遺産になった麗江古城を訪れる。行動最高度は4680mである。

※梅里雪山の概略位置は中国の雲南省とチベット自治区の州境に位置している。南側よりメツモ(神女峰/緬茨姆)、ジャワリンガ(五冠神山)、マーベンゼンデゥーショ(馬兵扎堆五学)、カワカブ(太子峰Kawakebo)、スグドン(斯古都)などからなる。特にカワカブはチベット・カム地方の大聖山。

※茶馬古道とは四川省、雲南省、チベットを繋ぐ交易路。別名「西南シルクロード」と呼ばれており、その起源は西域のシルクロードよりも1千年も昔に遡るとされています。その後時代を経て、雲南省のお茶とチベットの馬による、いわゆる「茶馬古道」の交易が始められたのは唐代からと伝えられています。
 交易路は四川盆地から雲南省を経て、チベットやミャンマー、インド、果てはヨーロッパへと続き、各地ではお茶だけではなく絹や布、塩なども取引されました。宿場町は完全な姿をとどめ、主要交易品の塩が現在も生産されているなど、今も雲南北部に茶馬古道の痕跡を見ることができます。

10月14日 日本→昆明(こんめいKunming)
 クレジットカード会社の海外旅行保険を利用するため、みどりの窓口で関空までの切符を購入し、JRを利用して関西国際空港に向かう。15時に北団体カウンター前で旅行社の人と落ち合い搭乗券とEチケットを受け取る。燃油サーチャージ料金が5000円返還されたので半額となったようである。中国東方航空(MU748便)のB737で夕日の中、瀬戸内海上空を通過して上海に向かう。添乗員と他の参加者とは上海空港で落ち合うことになっている。座席裏にある機内誌には抗日戦争70周年の特集記事が記載されていた。

 上海空港で飛行機を降り、バスに乗って到着ロビーまで移動。空港では3時間ほどのトランジットである。ロビーでは昆明の案内板を持った空港職員に導かれ、上海空港内の色々な通路を通過してどんどん進んでいく。相当な速足である。トランジット客は我々大阪組の3人と日本語が話せるバングラデシュの家族3人だけである。やっとたどり着いてここで昆明までの乗り継ぎ用搭乗券をもらって入国カードを提出して入国審査と手荷物検査を受けて搭乗ゲートまで向かう。待っている間、無料WiFiを利用しようとしたのであるがIDなどを入力する画面が中国語で出てきて言葉が理解できないので繋げることができなかった。搭乗時間となっても東京からの連中が来ないので不安になりながらも移動バスで関空からの同じ便(MU748便)の飛行機まで移動する。出発間際の機内で東京からの添乗員が来て「ようやく間に合った」と挨拶に来た。やれやれである。

 深夜に昆明に到着し、職員の案内に従って昆明国際線の出口に向かう。空港は斬新な建物である。外に出てもあまり寒さを感じない。深夜にもかかわらず、客引きするタクシーの運ちゃんが寄ってくる。同乗したバングラデシュ人の話ではここ昆明国際空港からはバングラデシュ、ネパール、東南アジアなどへのフライトがあるとのことで日本からの運賃は非常に安いらしい。このような航路があるとは全然知らなかった。

 中国(北京)と日本との時間差は正式には1時間であるが昆明と北京とのは実際の時差が40分程あるので本当は1時間40分の差があるにも拘わらず広い中国全土で一律1時間の時差となっている。

関西空港を出発→ 最初の機内食 日本手配のため安心→ 機内誌には抗日戦争70周年の記事が→
夕方に上海空港に到着→ 深夜に昆明空港に到着→ 深夜のため閑散とした昆明のホテルロビー→

10月15日 昆明→香格里拉(シャングリラ)→徳欽(とっきん デーチンDéqīn)
 バゲージクレームで荷物を受け取り、現地の旅行会社のバスに乗り込み、ホテルに到着。高知から来られている方と同室となる。いびきをかく旨をお伝えして、2時間ほどの睡眠で4時半に起床する。5時20分にホテルを出て再び昆明空港に向かい、国内線のMU5939便(B737)にて1時間程かけて香格里拉(シャングリラShangri-La)空港に向けて飛び立つ。いつもの通り通路側の座席を指定したのであるが機内から多くの山々が見られたそうである。残念。次回からは飛行時間の短い場合は窓側を指定しよう。機内では朝食が紙ボックスに入れられて提供される。香格里拉はジェームズ・ヒルトンの小説『失われた地平線』の中で描かれているユートピア(桃源郷)を引用して中甸から名前を変えたといういい加減な地名である。

 香格里拉空港でこれからお世話になる現地ガイドの周さんと30人乗りのバスに乗り込む。手配していたはずの両替が行き違いでガイドが準備していないことを添乗員が報告する。そのため急遽、香格里拉の銀行で両替することになったが両替書類は中国語で書かれていたり、銀行員も不慣れなためか、みんなの両替を済ますのに1時間もかかってしまい、貴重な時間を浪費してしまうこととなってしまった。暇つぶしに目を外に向けると走っているオートバイはノーヘルで中国では特に問題ないようだ。

 香格里拉は広い盆地にあり、最近人口がドンドン増えていて現在6万人の都市となっている。建築ラッシュの街並みを抜け、広々としたのどかな田園風景を眺めながら、空いた国道214号を北に向けて走行していく。左に纳帕海(ナパハイ)が広がっている。纳帕海は春から夏にかけて雨量が増えると周囲の山々に降った雨が集まって広大な湖になる牧草地である。今は水は少なく、馬や、豚、ヤギなどが草を食んでいる。冬には干しあがるらしい。その南側の奥には先ほどの香格里拉の滑走路も見える。高速道路を通過し、途中、黒い土器で有名な尼西(にしNixi)で休憩を取る。ここで炒った裸麦が出店で売られていたので試食するが意外とおいしい。だが手のひらサイズの量で10元というので値切ってが全然まけないので買わずじまい。香格里拉から延々の上り坂道であるが徳欽方面までマウンティンバイクで単独ツーリングしている何人か見かけるがその根性に感心する。また物資輸送の大型トラックが頻繁に走行している。

 メイン道路から旧道に入った茶馬古道の宿場町、奔子欄(ほんしらんBenzilan)で昼食をとった後、金沙江(きんさこうJinshajiāng)の途中にある大きく蛇行した金沙江大湾を観光する。グランドキャニオンのホースシューベンド(馬蹄)とよく似た地形である。有料の立派な展望デッキから眺められるようになっている。金沙江は三江併流の一番東側を流れている川で対岸は四川省となる。現在の気温は25℃もあり、この季節なのに暑く感じる。

 その後、ゲルク派のチベット寺院シャングリラ東竹林寺(とうちくりんじ)に立ち寄る。金沙江の谷の上部の陽当たりの良い斜面にあり、本堂や数多くの僧坊が見えている。周囲には一般の民家も混在し、牛やろば、にわとりが飼われている。チベットラマ廟で、中央には四階建ての木造建築の大経堂である。一階は約500人を収容できる僧侶たちが読経文の大堂で、院内には金粉を施された弥勒法輪像、十八羅漢像、文殊菩薩像及ぶ班禅生涯伝など17枚の刺繍などのを始め、沢山の珍貴な文物が所蔵されている。4階まで見学ができるが内部は撮影禁止。宝石?で散らばめられた3D曼荼羅が数多くある。僧侶達は寺の周りに自前(親がお金を出す)の家を建て住んでいる。金持でないと僧侶にも慣れないらしい。

 見学後、バスでどんどん高度を上げ、標高4292mにある白茫(はくぼう バイマンBaima)雪山の峠にたどり着くが天候が変わり、生憎の一面のガスの中でほとんど何も見えない。おまけに小雪が舞っており寒い。次の仏塔公園も少しはましになっていたが梅里雪山は見ることはできない。ここからは徳欽まで下りのハイウェイである。
 
 谷底に広がった茶馬古道の宿場町で納西(ナシ)族、カイ族が住む徳欽(とっきん Deqin)の中心地の街並みを眼下に眺めながら、郊外に進み梅里雪山がよく見える新街区にあるホテルに到着。ホテルの窓からは正面に梅里雪山全体が良く見える。残念ながら部屋は1階であるがそれでも眺望は良い。相部屋のため部屋のキーカードをもう一つもらおうとフロントで掛け合ったのあるが私の発音も悪いが英語が全く通じない。宿泊手続きが終わった後でアルバイトの人かもしれない。ホテルでは多くの中国人の団体客が宿泊している。夕食は3階にあるレストランであるが相変わらず、中国人の甲高い大声で非常にうるさい。また食べた後のテーブルや床は食べ物やペーパーで散らかしぱなしである。マナーは相当悪い。朝食はバイキング形式であるがすでに多くの中国人が来ており、なかなか食べ物にありつくことができない。近年、中国人の国内旅行も大変ブームとなっているらしい。

 明日からのトレッキングのためにスーツケースからトレッキング中に必要な2泊3日分の品物を別のバッグに詰め直し、合羽など登山中に必要な物はリュックに入れるなどの準備する。

※三江とは、雲南省のシャングリラとチベットの省境にある6000m級の高山に挟まれた切り立つ峡谷にあり、「金沙江」(きんさこう ジンシャコウ Jīn shā jiāng 長江(揚子江)上流)、「瀾滄江」(らんそうこう Lán cāng jiāngメコン川上流)、「怒江」(どこう Nù jiāngサルウィン川上流)の3本の河川を指している。わずか60Kmの間隔で交わることなく流れている。2003年に三江併流として世界自然遺産に登録された。

昆明空港から香格里拉に向かう→ 香格里拉空港正面口→ 建築ラッシュ コンクリート打ち用支え棒→
のどかな田園風景→ 振り返ると纳帕海(ナパハイ)→ 西尼の土器→
昼食をとった奔子欄からの金沙江の眺め→ 大きく湾曲した金沙江大湾→ 東竹林寺→

10月16日 徳欽→雨崩(ユイボンYubeng)上村
 朝に早起きしてホテルのテラス及び屋上から雲がかかっているが朝日を浴びた梅里雪山を撮影する。すでに多くの人達がベランダ、屋上などあちこちで撮影に興じている。正面に雄大な山並みを披露している。8時食事、9時にスーツケースをバスに積み込み、出発開始。道路標識には雨崩まで50Km、明永村まで32Kmと書かれている。村どんどん高度を下げて渓谷の斜面を下っていく。ホテルのあった徳欽郊外から1600m程下り、谷底に到着すると瀾滄江(らんそうこうLang Cang Jiang、メコン川上流)に架かる瀾滄江橋である。手前の事務所でチェック(入山料の支払い?何のためのチェックかは判らない)を受けた後に対岸に渡り、左に折れて(明永村へはここで右に折れる)、再び渓谷を登って行く。この辺りから未舗装となっており、バスは何度も大きくバンピングする。渓谷を無理やり削って作った道である。削り取った壁には何も処理していないため今にも崩れそうである。中国の工事は出来上がるのも早いが壊れるのも早いそうである。なるほど!。あちこちにワイン用のブドウ畑を見ながら西当(せいとう シータンXidang)村を通過して瀾滄江より600m程高度を上げた西当温泉に到着してバスを降りる。西当温泉からは対岸の奥に今朝出発した新街区の徳欽の街並みが見える。直進距離にすれば数キロメーターであろうが渓谷の対岸から一旦を渡り、再び登ってはるばると2時間近くかけてやってきた。ここで国立公園入山の受付を済ます。

 ここからお待ちかねの馬及びラバに乗ってのナゾヤ(NangZong)峠までの標高差1,000m、距離6.1Kmのトレッキングである。もちろんほとんどの人達は徒歩で登っている。本ツアーでのうたい文句の一つで馬の費用は300元。私は生まれて初めて馬に乗ることになるのであるが飼い慣らされた馬なので案外簡単に乗ることができ、何にも操らなくても勝手に坂をドンドン登って行く。もちろん馬の持ち主は一緒に歩いてくれていて馬が疲れて立ち止った時に叱咤の声をかけるだけである。しかし前の馬とTail To Tailで歩くので時々オーバーラップして我が足が相手の馬にこすれたり、崖っぷちに追い出されたりとひやひやする場面も多々ある。急な坂道では馬も考えているのか道幅一杯にジグザクに歩いているがくたびれて時々立ち止り大きく息をする。
 どんどん勾配がきつくなり、九十九折の道となる。このため至る所にショートカット道が作られ、巡礼者達はそちらの道を選択して登って行く。途中で馬を乗り換えて約2時間30分かけて沿道にたくさんの五色のタルチョで飾られたナゾヤ峠に到着する。手作りの鞍なのでもう少しお尻が痛くなるのかと思っていたが意外と痛みは感じなかった。昨夜詰めたバッグは別の馬で運搬されている。ここにある茶屋で後続を待ちながらホテルで準備された弁当の中国製カップラーメン、バター茶、訳のわからない中国製食品などで昼食をとる。カップラーメンには折り畳みの樹脂製のフォークが付いている。これは便利であるが多分、特許で日本では使えないのだろう。正面には雲がかかった梅里雪山が望める。チベット僧、チベット衣装を着た女性などが目の前を通過していく。

 今年は羊年で1回の巡礼で12回巡礼した功徳が掴める年に当たるためチベット仏教信徒による巡礼で多くの人達が訪れている。あちこちで「タシデレー(tashi-delek)」(チベット語でこんにちは)の挨拶が交わされている。皆さん細い竹を杖にしている。ナゾヤ峠で一服した後の下り道は雨崩上村まで歩いての移動(3.3Km)である。ここからは西当村に住むチベット族の23歳の可愛い女性がガイドとして加わる。やっと本格的なトレッキングであるが道は下る一方なので楽ちんである。梅里雪山はまだ雲がかかりその全体姿を現さないがジャワリンガが望める。ジグザグの道を下るとチベット人の村である雨崩(ユイボンYubeng)上村に到着。この山道は雨崩村への唯一の連絡道である。生活物資は馬で運んでいるが若者はオートバイのフロントに設置した大きなスピーカーで音楽を流しながら派手に装飾されたオートバイで行き来している。しかし馬と遭遇するときはエンジンと音楽を止め、待機していて最小限のマナーは守っている。

 夕食では今まで食べてきたのと同じような料理が出てくるが中国の定番の煮たピーナツが美味しく、皆さんに人気のため残ったピーナツを袋に詰めてもらって明日へのおやつとして仲間が持ち帰る。

 ここのロッジは外観は古そうであるが食堂及び部屋はリフォームされてきれいである。斜面に立地しており部屋及び食堂のテラスからは梅里雪山の展望は開けている。久しぶりに欧米人と出会う。ベッドには電気毛布が敷かれていたため安眠できた。

※タルチョーはチベットにおける仏教伝来以前のボン教の時代からの伝統の祈祷旗である。伝統的には木版印刷によって柄は作られている。五色の順番は青・白・赤・緑・黄の順に決まっており、それぞれが天・風・火・水・地すなわち五大を表現する。

徳欽でのホテルの裏手から梅里雪山全景が!→ 観景天堂大酒ホテルの部屋の様子→ 早朝、多くの人が梅里雪山を鑑賞している→
かろうじてメツモ、ジャワリンガの望める→ 瀾滄江(メコン川上流)とその深い渓谷→ 瀾滄江に架かる瀾滄江橋を右に渡り更に左へ→
開放的なトイレ→ 右上部に宿泊した徳欽(新街区)の町が見える→ 西当温泉にある馬乗り場→ 
生まれて初めての馬体験→ ナゾヤ峠手前のタルチョの中を → ナゾヤ峠に到着 正面に梅里雪山→
チベット僧も巡礼(ナゾヤ峠)→ ナゾヤ峠からは車1台が通れる道を下って行く→ 黒豚が迎えてくれる雨崩上村のロッジに到着→
朝聖格客瓦格博家園客桟ロッジの食堂風景→ 夕食→ 便利?シャワーの水がそのままトイレに流れる→

10月17日 雨崩(ユイボンYubeng)上村→ユイボン神滝→雨崩上村
 朝6時30分に起床、ロッジの部屋の前及び食堂のテラスからはマーベンゼンデゥーショ、雲南省の最高峰のカワクボ(Kawagebo)が望める。7時30分に食事、8時30分時に不要な荷物をロッジにおいてリュックを背負って聖地「神滝」を目指す。放し飼いの黒豚、鶏達が見送りをしてくれる。本日も昨日の可愛い女性がガイドしてくれる。

 一旦下って谷底まで下りて瀾滄江支流を橋で渡り、登り返すと雨崩下村で池とゴンパがある平地が広がる。ここまでは1.6Km歩行。ゴンパの外壁に設置されたマニ車を時計回りに回しながら安全祈願をした後、使い慣れた「タシデレー」と言いながら右手の手のひらを上にして通りすがりの人達に挨拶を交わしながら登って行く。ここからは神滝まで5.4Kmの登りである。沿道にはお金が貼り付けられた石や巡礼者が来ていた服を吊るした木を多く見かける。

 正面に雄大なメツモ、ジャワリンガを仰ぎ見ながら内院へ歩を進める。しばらくは緩やかな道である。五樹同根の木を左に見て、左手にある河原に小石が積まれた三途の川風の所を通り、森深くなる頃にはリスが食べ物を要求しに道に出てくる。人馴れしてお菓子などを与えると食べる。途中の茶屋で今朝ロッジで準備してもらった弁当で昼食とするが鍋で焼き飯を作っているのを見ると美味しそうなので注文する。20元であるが味はやはり変わっていて結局、全部食べることはできなかった。
 
 左の渓谷に紅葉と2つの糸滝を見ながら勾配のきつい斜面を上り切ると神滝である。大迫力の断崖絶壁から流れ落ちる落差約200mを誇るという神滝は2本離れて流れ落ちているがいずれも水量が少なく、絶壁に比べて迫力には欠ける。巡礼者は滝のしぶきを浴び、一心にお祈りしながら時計回りに巡回している。滝水を浴びた巡礼者は寒さで凍えて身震いしている。岩壁には御賽銭の意味か紙幣が多く貼り付けられている。

 神滝からの帰りには少し横道に逸れ、白瑪珠普寺廟を訪れる。ここには天然の石像(菩薩涅槃(ねはん)仏)があり、梯子で狭い洞窟通り抜け、寺の裏側を一周できるようになっている。元の道に戻った後は来た道を引き返し、ロッジまで戻る。日暮れになっても多くの巡礼者が少ない荷物でドンドン登ってくる。巡礼者は道すがらに見かけたあまり寒さ対策をしていないと思われるテントなどに泊まるらしい。夜は茶屋の焚火の周りに集まり、語り飲み明かしてから翌日に神滝に行くという。子供連れも結構多く見かける。

 トレック道沿いの茶屋にはレッドブルの広告をよく見かける。リポビタンDのような飲み物であるがゴンパのお坊さんも飲んでいて、供え物にもあった。人気の飲み物かなぁ。

左はマーベンゼンデゥーショと右はカワカブ→ ようやくカワカブが見え出した→ 4階の屋根裏にテントを張っている→
神滝を目指してまずは雨崩下村へ向け出発→ 周遊世界に入る→ 渓谷に架かる谷底の橋を渡ると雨崩下村である→
雨崩下村の中を進む→ 池に写るジャワリンガとゴンパ→  ゴンパのマニ車と奥にジャワリンガ→ 
チベット族の巡礼者が休憩中→ 巴些隆曲ではお札が置かれている→ 三途の河原風→
可愛いリスがお出迎え→ ここから梅里雪山の内院となる→ 茶屋で焼き飯を作っている→
漢人の若いお姉ちゃんとチベット族のコラボ→ タルチョで飾られた神滝→ 高さ200m程の絶壁から流れ出る滝→
タルチョの中を帰路に就く→ あちこちで見かけるRed Bullの宣伝広告→ 部屋の壁にはチベット語で何やら→
夕日に浮かぶマーベンゼンデゥーショ→ 東側には白茫雪山が見える→

10月18日 ユイボン村→明永村(みんえい ミンニョンMingyong)
 朝7時起床、8時食事、9時に出発開始。今日の行程は一昨日に通ってきた逆のコースで西当温泉まで戻る。ロッジ前に手配された馬がすでに待機している。ここからナゾヤ峠までの登りを馬に乗って移動する。上りは馬、下りは歩きというアンチョコなトレッキングである。本日は少し雲はかかっているが晴れており、馬に乗っている間、メツモ、ジャワリンガが良く見えている。ナゾヤ峠の茶屋で休憩中に馬達に昼の弁当に入っていたリンゴ、ミカン皮などを与えるとよく食べる。中には段ボール箱も食べている馬達がいる。印刷してある物を食べると体に良くないだろうに馬主はほったらかしである。

 ナゾヤ峠から下り坂を歩いて下って行く。相変わらず多くの巡礼者が登ってくるのでガイドに教えてもらった頑張れを意味する中国語の「加油(ジャヨ)」をその人達に声をかる。途中、法真頂の茶屋で昼食をとった後、西当温泉で待機していたバスに乗り込み、瀾滄江橋まで戻り、明永村に向かう。今にも崩れそうな切り立った崖下の工事中の未舗装の道を通過して1時間かけて明永村の宿に到着する。中国奥地の道は渓谷の斜面を無理やり削って道にしており、削った後の崖には崩れ防止の処理は何もしていないのでいつ崩れてくるかヒヤヒヤものである。崩れたらまたブルトーザーで取り除くだけという考え方のようである。

 久しぶりにスーツケースをバスから降ろし、ホテルに入る。明永村(みんえいMingyong)で最高級のホテルと聞いていたがロビーのテーブルには家族の食べ残しなどが置かれてハエが飛び交っている。部屋に入ってからも西洋トイレの便座が無い、床には水溜りなど色々不具合があるので部屋を変えてもらった(2人部屋→3人部屋となる)。しかし湯は太陽熱のため暖かくなかったので本日はシャワーなしで寝る。

 ホテルの裏には黒い雪解け水がドウドウと音を立てて流れており、瀾滄江まで流れ出ている。夕食には「ちらし寿司」が出る。また本日からアルコールが解禁となり、早速330ccの缶ビール(5元)で乾杯する。アルコール度は2.5%と弱いうえ、全然冷えていない。中国人はビールを冷やして飲む習慣は無いらしい。夕食後はホテルの隣の雑貨屋でバドワイザー(アルコール度は3.6%)の缶ビール(8元)と揚げ煎餅(10元)を購入して寝酒とする。

 この地の気候は結構暖かくて雪が降ってもすぐ溶けるらしい。従って冬もストーブが必要なしで過ごすことができる。ということでビールも冷えずにぬるいまま。周りの畑ではワイン用のブドウや大麦、リンゴが栽培されている。

馬の手配士 ジグザグの急登を馬で登っていく→ ナゾヤ峠からのジャワリンガ→
簡単なトイレ→ 珍しい馬の寝姿→ 危なかしい道を進み明永村に向かう→
本日泊まる明永村のホテルに到着→ 明永村のメインストリート→ 部屋の様子→
何でも屋の前で→ 8元のビールと10元の揚げ菓子→ 屯しているチベット族の女性

10月19日 明永村→明永氷河→徳欽
 本日は梅里雪山のカワカブから流れる出る明永氷河の観光である。朝7時に起床、8時食事、9時に出発開始。気温は比較的暖かいので長袖だけの服装で出かける。以前は乗馬による移動であったが最近、途中までカート移動に変更になった。当然歩いてもOK。カート乗り場付近は大掛かりな観光開発工事が行われており、立体駐車場やホテルが造られつつある。やはりここも中国人の観光ブームである。近くには日中登山隊の遭難慰霊岩が設置されている。事務所でチケット(200元)を購入してエンジン駆動のカートに乗り、15分程かけてタイル路を登って行く。

 カートを降りた後、紅葉時期となった深い渓谷を左側に見ながらしばらくは急坂の登山道を歩いていく。石楠花の樹林帯を抜けるとタルチョが目に飛び込んでくると正面にチベット寺院の太子廟(たいしびょう タイツミョウTai Tsz)、そしてその背後に明永氷河と主峰カワカブがそびえている。更に太子廟を抜けて進むと岩壁沿いに整備された木板の遊歩道階段となり、ドンドン登って行く。途中の要所に展望広場が3箇所設けられている。明永氷河も温暖化でだんだん後退しているので展望台もドンドン先に延びているようである。多くのチベット族や僧侶に出会う。最後のほうの階段は長く急なため、息が切れてくる。やがて黒い土で覆われた氷河が目の前に迫ってくる。最上段の展望台から手摺を潜って更に上に登ろうとしているチベット族の女性達がいた。良く見ればわずかに道が見えるのでもっと先まで行けるようである。そういえば氷河の奥の行けそうもない岩場にタルチョが掛けられている。1998年7月18日、明永村の村人が標高3800mの所から雪に埋もれた10遺体とテント、遺品を発見している。帰りは同じ道を戻り、再びカートに乗り、下り専用道を荒っぽい運転で猛スピードで下って行く。

 チベット族の民家を訪問ということで明永村の元村長の家に伺う。例の遭難者の捜索に協力した人である。牛食糧用のトウモロコシの葉っぱが庭一面に干されている玄関から入っていく。元村長というだけあって立派な応接間に通され、昔懐かしい「はったい粉」とお茶、自宅で採れたリンゴをごちそうになる。今は氷河公園の管理事務所に勤めているらしい。村長の娘は日本に6年間留学して日本人の旦那と結婚しており、日本語で説明してくれる。辺りの子供達は学校が無いため中学生になると徳欽の寮に入って親元から離れて暮らすとの事。親子ともかわいそう。

 お暇した後、バスで瀾滄江橋を通過して徳欽まで戻るが、時間があったので飛来寺(ひらいじ フェイライスfeilaisi)に立ち寄ることになった。飛来寺は国道からほんの少し下った所にある。パンチェン・ラマが訪れた記念に建立された寺でカワ・カルポの神を祀る。4角の軒先にはヤギの剥製が吊るされている。本堂の右手前に檜葉をくべる香炉があり、もうもうと煙をたてている。本堂外陣ではバターでこしらえた大中小のろうそく(灯明)をお布施の額(20元~5元)に応じて渡してくれる。ここも巡礼者で混雑している。

 15日に宿泊した同じホテルに泊まるが本日は梅里雪山が良く見えている。

このような車で途中まで乗っていく→ 茶屋の物資を運んでいる→ チベット族の観光客→
まじないのために多くの物が供えられている→ 太子廟からはカワカブと明永氷河が見える→ 高度6000mからの流れる明永氷河→
明永氷河→ 最上段の展望台でチベット族の観光客→ 下山中に会った休憩中の尼僧→
新街区の徳欽近くにある飛来寺→ 飛来寺前でお香などを購入→ 宿から見える夕日に映えるカワカブ→
今晩の夕食→

10月20日 徳欽→香格里拉
 朝6時起床、本日は晴れ渡り、ホテルから梅里雪山全てが良く見える。早朝から皆さん盛んにシャッターを切っている。私もホテルの屋上に上がり、朝日に映える梅里雪山をこれでもかと撮る。8時にバイキング形式の食事をして9時にホテルを出発し国道214号線で戻っていく。。

 初日は生憎のガスの中であったが今日は飛来寺の迎賓台である13仏塔公園からも素晴らしい梅里雪山が眺望できる。今回のツアー中で一番の景観である。左からメツモ、ジャワリンガ、マーベンゼンデゥーショ、カワカブ、スグドンの5つの代表的な山々が連なっている雄大な景色を堪能できた。展望台には梅里雪山の13座に因んだ13個の仏塔(チョルテン)が彩を添えて並んでいる。

 車窓からも右側に梅里雪山が眺望できる。白茫雪山峠手前ではシャクナゲが多く自生して、5月中旬が見ごろらしい。また春にはブルーポピー、雪蓮草(せつれんそう)、さくら草の花も咲いているとのこと。初日に訪れた時はガスで何にも見えなかった白茫雪山峠においても天候が良かったため周りが見渡せ、タルトに彩られた広々とした高原を堪能することができた。白茫雪山峠を過ぎると右側には山の斜面にある唐松群の素晴らしい黄色い紅葉が見える。ここからドンドン下り、香格里拉市内に入る。

 香格里拉で小ポタラ宮とも称される松賛林寺(しょうさんりんじ)に立ち寄る。松賛林寺は南に面した小高い丘の斜面に位置し、さまざまな建物が建っている。雲南では一番古く、最大なゲルク派のチベット伝仏教の寺院で、ダライラマ五世が高さが8尺のお釈迦様の銅像や五彩金汁絵仏像唐カ16軸や貝葉経などを贈与し、お寺の宝物として祭られている。チケット受付を済まして、専用のバスで寺の正門前まで行く(5分程度)。中央の大殿は金箔が張り替えられて太陽の光でキラキラしている。主殿に行くまでは結構な数の階段(143段?)を登らなければならない。いつもの通り内部の撮影は禁止されている。高さ3mはあろうか巨大なマニ車が隣の建物ににあり、皆さん熱心に周りをまわっている。
 見学の帰りは遊歩道を通って沼の横を歩いてゆっくり散策しながら終点まで行って、そこからバスに乗ろうとしたのであるが途中乗車のため、来るバスはいずれも満席で次から次と乗車拒否されてしまう。30分程待ってようやく乗車でき、我々のバスの所まで戻ることができた。

 本日最後の観光は香格里拉古城訪問である。香格里拉古城はチベット式の建築様式の並ぶ町並みであったが2014年1月11日の火事でほとんどが焼き尽くされ、今はあちこちで建物を再建中であった。建造中の建物は透かし彫りや、くすんだ色など古い雰囲気を再現していて、とても新しい建物とは思えない。再建された建物では雲南名物から珍品までを色々取り揃えたお土産物店が並び、買い物客を飽きさせない。立派な装飾を施した銀製?の刀を多く展示している店も多く見かける。

 宿泊のホテルでは2~300人は入れるかと思う大きな舞台付きの食堂で麗江ビールを飲みながらいつもと同じようなメニューの夕食をとる。

※チョルテンは仏塔を意味するチベット語

朝日に照らされるメツモ、ジャワリンガ→ マーベンゼンデゥーショ→ カワカブ→
バイキング形式の朝食→ 谷底に広がる旧街区の徳欽の街並み→ 新興地の徳欽の町と梅里雪山→
左からメツモ、ジャワリンガ、マーベンゼンデゥーショ
仏塔公園からの見事な梅里雪山→
左からマーベンゼンデゥーショ、カワカブ、スグド
白茫雪山峠 高度4292m→ 唐松の紅葉と雪を冠った山々→
奔子欄での昼食と大理ビール→ 松賛林寺→ 軒先に吊るされたヤクの肉→
香格里拉古城→ ホテルの舞台がある大きな食堂→ 麗江ビール→

10月21日 香格里拉→麗江(れいこう リージャン)
 朝6時30分起床、7時30分に中国人で混雑したバイキングの食事、8時30分にバスで出発して金沙江の下流に位置している虎跳峡を目指す。途中、国道沿いに紅葉した赤い色の草(狼毒花 ユーフォルビア)の群生地があったのでバスを止めてもらい撮影する。この花は毒があり動物達も食べないが薬の原料にはなるらしい。横には観光客相手に出店が開かれ、トウモロコシ、ジャガイモ、麦パンなどをストーブで焼いて商売している。

 麗江市に入り、途中、玉龍雪山と哈馬(はば)雪山が展望できる場所でトイレ休憩に立ち寄った茶屋の露店で乾燥させたいろんな果物を売っており、一通り味見をさせてもらったが大層美味しい(無料で食べただけで買わず)。住宅の風景がチベットの箱型からナシ、イ族の瓦屋根に代わってきた。
 金沙江にかかる橋でいったんバスを降りて、橋を歩いて渡り(橋の強度不足らしい)、再びバスに乗り、虎跳峡管理事務所入り口前で下車。入場券を購入してここから虎跳峡まで40分程歩いていく。道は岸壁にコの字型に彫り込まれた場所やトンネルを通過していく。日本の黒部の水平歩道を歩いているような雰囲気がある。違うのは岸壁と石畳がきれいな天然の大理石であることと水平歩道ほど川までの高低差がないことである。終点で階段を下って行くと展望場である。対岸には香格里拉側の展望地となっている。ここで金沙江の幅が狭まっているため流れが非常に速くなっている。虎がこの峡谷を流れの中央にある岩を使って飛び越えたという伝説が名前の由来で、虎跳岩という岩が激流の中に顔を出している。しかし虎跳峡での川の流れは北側に向かっているので何か違和感がある。上流では南下していた金沙江は虎跳峡の少し上流の石鼓の長江第1湾で大きくUターンして北に流れを変えていたのである。左岸には哈巴雪山、右岸には玉龍雪山という5000m級の高山がそそり立ち、川の両岸には落差2000mにも及ぶ断崖絶壁が迫っている。

 強度不足の橋の袂のレストランで昼食をとって、途中で金沙江が大きくUターンした長江第一湾を見学後、麗江を目指すが、高速から迂回してパスポートチェックを受けるため検問所のような所(麗江市族遊咨?服务中心)で停車する。なぜそういうことをするのか理由は判らない。しかしここは展望台となっており、手前に拉市海(ろうしかいLa shi Hai)、その先には王龍雪山も展望することができる。また大きな白いヤクの像が在ったり、日本の絵馬のようなものが多く吊るされている所などがある。チェック終了後、高速道路に戻り、再び麗江市内を目指す。麗江の観光ガイドと合流して一旦ホテルに入り、それから古城を観光しに行く。

 1997年に世界文化遺産に指定された麗江古城は納西(ナシ)族の古都で、古城の道は「四方街」を中心に、あちこちに道別れしており、迷子になりやすい。2階建ての木造家屋と玉龍雪山から引かれた水路が網目のように四方に延びている。しかし古い石畳の道路沿いには一般受けする土産物、飲食店が立ち並んでいて俗化されている。大きな音量を出すディスコもある。また人出は非常に多く、上空から見る屋根だけが歴史を認識させる。観光地化されている印象を強く受ける。

 かつて四方街は水をせき止めて一斉に街中に水を流して街を掃除することをしていたが現在は行われていない。そのせき止めるための装置の一部が水路にあった。四方街から西に坂道を上っていくと獅子山公園にある萬古楼(まんころう Wang Gulow)に到着。急な階段を登った5階からは歴史ある瓦屋根波が眼下に見ることができるがこの屋根下には俗化された店があると思うと興ざめであるが悠久の歴史を感じさせられる。元々の住民は住んでいなくて家を貸して家賃で生活しているらしい。ここからは旧市街地、新市街地と玉龍雪山の山並みが眺望できる。

 古城の中のレストランで夕食をとり、夕暮れになると町全体がイルミネーションで点灯され、ギラギラの町となり,どこから湧いて出てきたかと思う程の観光客が町に溢れている。しばらく古城内を散策して北側の入り口である玉河広場まで足を延ばす。

 お土産は何にしようと考えていたが同室のTさんがお茶が良いと言っていたので現地ガイドに連れられて専門のお茶屋さんに入って色々試飲と講釈を聞いたのであるがいかんせん高価な値段ということで古城でお茶を購入すべく店を探していたがスーパーのような店でプアール茶を発見。直径5cmほどの塊である。多分本物ではないと思うが5個入りを88元で購入。その帰りに横道に逸れたところにお茶の問屋らしき所があり、気の良さそうなお兄ちゃんに聞くと5年物が10元/個で売っていたので更に購入する。この時値段の交渉にスマホを使っていたのであるがそのまま店に置いてきてしまってホテルに帰ってから気付き、慌てて取りに行くとお兄ちゃんが笑顔で待っていてくれた。有難い。

国道沿いで商売している→ ジャガイモ、麦パンなどを販売→ 赤い草(狼毒花)の群生→
段々畑→ 国道沿いの露店で売られていた乾燥果実→ コの字の道を行く→
虎跳峡 中央の石が虎跳石→ 奥に長江第一湾→ 「麗江市族遊咨?服务中心」から見る拉市海→
ホテル前から麗江古城を眺める→ 井戸を3段に分けた洗い場→ ナシ族で使われていたトンパ象形文字→
雰囲気のある麗江古城→ 夕方の四方街→ 萬古楼→
萬古楼から瓦屋根波と奥に新市街→ 麗江古城内のレストランでの夕食→ 古城北側にある玉河広場→

10月22日 麗江→玉龍雪山→昆明
 朝6時起床、7時食事、8時にバスで出発して市街地を抜け、ナシ族の聖山で万年雪を頂いている玉龍雪山(おうりゅうせつざんYùlóngxuě Shān標高5596m)に南側から向かう。晴天であるが王龍雪山には少し雲がかかっている。高級住宅街を左に見て市街を抜け、王龍雪山のビジターセンター管理事務所に到着。専用のバスに乗り換え、ロープウェイ乗り場に向かう。ほとんどが中国人の観光客である。皆さんレンタルの赤色の防寒着を着ている。スエーデン製のロープウェイ(全長2968m、標高差1150m)のゴンドラは8人乗りで40分程の空中散歩である。

 ロープウェイで雲の中を抜け、降りると氷河公園(標高4506m)で、北半球では最も南に位置する氷河が目の前にある。さすがに高度を上げたので下から見た雲は眼下に見えるようになっている。上空は雲一つ無い紺碧の空で黒い山塊と白い氷河のコントラストが素晴らしい。ここから最上段の展望台までは遊歩道の延々と階段が続く。高所のため息が切れてくる。至る所で酸素ボンベを持った中国人が階段に腰かけて休憩している。

 未だ誰も登頂を果たしていない処女峰である主峰の扇子陡(せんすとうShanzidou)や切り立った岩稜、その表面に現れた地層のうねり、氷河を堪能した後、再び専用バスでビジターセンターに戻り、2階にある駄々広い食堂でバイキング形式の昼食をとる。かなりの広さであるがそれでも大層混雑している。中国人の皿に盛られた量はすごい。しかし太った人をあまり見かけないのは何故だろうか。

 次に玉龍雪山を東側から見るためにビジターセンターから少し移動して、違う専用バスに乗り、ガタガタ道で秏牛坪(もうぎゅうへい)のリフト乗り場を目指す。途中には紺碧の色をした「白水河」が現れる。ここも観光地みたいであるがバスは素通りして行く。さびれた風情の秏牛坪リフト乗り場では我々と中国人の4人グループだけである。25分間の2人乗りのリフト(全長1200m、標高差320m)で登る。終点からは高原の中にゴンパまでくたびれた板敷きの遊歩道が延びている。広々とした高原の中、ヤクがのんびりと草を食んでいる。ここからの眺めもまた違った玉龍青山を見られて素晴らしい。

 麗江市内までバスで戻り、他のホテルで夕食をとった後ホテルに戻る。明日は早朝の帰国行動のためスーツケースを整理してから中国最後の眠りにつく。

ロープウェイで玉龍雪山展望台へ→ 真っ青な空の元、延々と遊歩階段が続く→ 紺碧の空と氷河と眼下は雲海→
氷河とくねった地層→ 最上段の展望台 高度4680m→ 酸素ボンベを持た人達で一杯→
昼食はビジターセンターの食堂でバイキング→ ビジターセンターから見た玉龍雪山→ 秏牛坪へ行く途中で見た真っ青な白水河→
リフトで秏牛坪へ→ 秏牛坪とゴンパ→ ヤクと玉龍雪山→

10月23日 昆明→日本
 東京の人達とはここから別行動となり、お別れである。朝4時30分起床、5時にホテルを出発してマイクロバスで空港に向かう。早朝にもかかわらず、昆明空港内は多くの若者達で混雑している。持ち物検査を受け、搭乗ゲートに向かう。外れにある搭乗待合所は狭い上、暑苦しい。ホテルで準備してくれた朝食をとる。バスで飛行機まで移動し、MU5942便で上海に向かう。機内では珍しく日本語の案内放送があったが飲み物だけの提供であった。

 上海空港でも関空の標識を持った係員に連れられて空港内を連れ回され、出国手続きをしてMU747便で関空に向かう。機内食はビーフを注文したが変な味付けをしたハンバーグでほとんど残してしまった。

 関空であまり使わなかった元を日本円に換金してJRに乗ってで自宅に向かう。

全般情報

  1. 昆明から徳欽まで向かう間に、イ族、バイ族、ナシ族、リス族、チベット族の地域を通過する。
  2. 中国東方航空の機内ではいずれの便もビデオ、オーディオなどエンターテイメントサービスは提供されていないので時間をつぶすための物を自分で用意していく必要がある。
  3. 本年度はひつじ年で1回の巡礼で12回の功徳が得られる巡礼の年に当たり、梅里雪山付近では多くの巡礼者と遭遇する。しかし五体投地の姿は見られなかった。
  4. すべての宿泊部屋で電源があり、「C」と「O」タイプであるが日本のプラグがそのまま使用できた。220V 50Hz
  5. ロッジ宿泊は二人部屋のベッド付のロッジである。利用したホテル、ロッジではいずれも電気毛布が準備されており、快適に睡眠がとれた。従ってレンタルした寝袋(5000円)は使用することはなかった。
  6. ほとんどのホテルはバスタブが無く、シャワーのみである。ロッジでも暖かいシャワーが使えた。ガスボンベで湯を沸かしている。
  7. 夜間のフロント係りはほとんどのホテルで英語があまり通じない。
  8. 食事はホテル、ロッジともに四川料理が準備され、朝は御粥が中心で旅行会社が準備してくれるふりかけ、味噌汁が提供される。ホテルではバイキング形式もあった。
  9. 飲み水はホテルでは600ccのペットボトルが1本準備されており、旅行会社が毎日、1本づつ支給してくれるのでこれで事足りる。
  10. 料理は色々、皿に盛って出てくるのであるが通常、食べる入れ物は小さな器1つしか提供されないので食べきってから次の食べ物を入れるか混ぜて食べなければならない。
  11. 屋内トイレは基本、水洗である。拭いた紙は流さずに廃棄バケツに放り込む。屋外のトイレはほとんどが有料(1元)である。
  12. 中国人は至る所で携帯を使っていた。ホテルではWiFiが使えるがロッジではサービスが無かった。
  13. 牛はあちこちにたむろしていたが国道でも堂々と歩いていた。
  14. トレッキング中のパルスオキシメーターの結果は心拍数は80台、血中酸素濃度は90前半の範囲であったので他の人を含め、ダイアモックの薬は飲む必要は無かった。
  15. トレッキング中は馬と頻繁に出会うため道をゆずる事が多い。路上には糞が至る所に落ちている。
  16. トレッキング者はチベット、漢人の個人、団体と色々な人達を見かけるが欧米人の観光客は少ない。
  17. 必要品以外の荷物は自分で手配したバッグに詰めて馬で運んでくれる。
  18. 心配していた寒さは朝晩は少し冷え込むが日中は日差しもあるので全く寒さを感じなくて、持参したダウンコート等は全然必要でなかった。今回の期間(10月)では日本の秋山登山程度の服装で充分であった。
  19. 街中でもチベッテ系の女達は民族衣装を着ているを時々見かけるが漢人の女性はカジュアルな服装で結構トレンディな格好をして人を多く見かけるいる。
  20. 西遊旅行の旅費は現金のみでクレジット支払いができないのが難点。良い点は行き帰りのスーツケースの宅配は無料でやってくれる。事後に写真とタイムスケジュールが送付されてくる。

感想
 空港では無料WiHiがあったが上海空港ではIDとパスワードを入力するような画面が出てくるが中国語のため良く解らなかった。WiHiを繋いでもLineはメッセージを送れないし、電子メールも送ることができなかった。Yahoo、Google、MSNなどは夜の10時過ぎ?からは閲覧できない。色々規制がかかっているようで、状況が判らないので戸惑う。

 中国の経済力は大したものである。道路は奥地まで車が通れるように整備されている。また奥の山岳地帯でも電気が供給されており、またどんな奥地に行っても携帯電波が届いていて中国人はスマホ、タブレットを使用していた。このため、みなさん文化的な生活が送れている。これらの工事には莫大なお金と人が投入されていると思うがそれをやり遂げている。ネパールと大違いである。金の力で自然を押さえつけている感がある。この点については政府に反目する民族達も漢人に感謝せざるを得ないだろう。

 やはり大陸の自然はすごい印象である。ネパールと同様、悠久の地球の営みを感じたことは確かである。自然の偉大さと辺地に住む人間の逞しさに感動。

 今回は高山病にかからなかったパルスオキシメーターではいつも90以上あり、しかし毎日四川料理が出てきていい加減うんざりするが野菜の炒めものが口に合い、久しぶりに野菜を多く摂取できた。相変わらず御粥は食べられなかった、日本からインスタントみそ汁、ラーメンなどを持って行ったが1食しか使わなかった。

 本当に中国人(漢人)同士の会話は大声で甲高く、うるさい。

 トイレ環境はよく言われるオープン形式で、小さな衝立があるのみでトイレに入ると目の前にスマホをしながらしゃがみこんだ人を見かけると見てはならぬものを見てしまって一瞬目を反らしてしまう。道路沿いのトイレは基本有料(1元)である。

 今回のツアーでは現地と旅行会社の調整不足で不手際が多く、今一つであった。(両替の手配不足、レンタル寝袋が不要なのにお金をとられたなど)

追加情報

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